第3回実行委員会
第3回実行委員会は、「雑居まつりを継続する上での課題」をもとに、自由に意見を話し合う場としました。
今年49回を迎える雑居まつりは、いろいろな市民運動の団体が相互交流を行いながら、活動をアピールする場として、また、各団体の資金調達の場として開催を続けてきました。
しかし、雑居まつりの全体的な運営を担う事務局の人数の減少、および高齢化により、今後も開催を継続していくことが困難な状況になっています。
各団体にとって、一人ひとりにとって、雑居まつりとは何か
「リンゴの木」・高次脳機能障害の自助グループで、はじめて6年経った。ボランティアの確保や対応が大変。高次機能障害という特性を理解しながら、自力でできることはやり、できないところを助けてもらうのは難しい。自分たちの団体が必要だとわかってもらい、継続していけるだろうか。(継続の問題は雑居まつりも同じ)
「フリースクール僕んち」・フリースクールを30年前から始めて、そこでヒゲに誘われてまつりに参加するようになった。その頃から事務局には層のあつい、濃い面々がいた。30年間、事務局が続いてきた理由を知りたい。それが分かれば今足りないものも見えてくるのではないか。
「羽根木プレーパーク」・「雑居まつりは自分にとって何か」と問われると難しい。昨年の羽音ロックを見に来て「かっこいい」から今年出たいという若者がやってくる。そんなふうに子どもたち、若者たちの世代交代はやってこれたが、その周りを世話する大人が減っている。母親が以前は主婦が多かったが、働きに出ていくことが大きい。誰にバトンを渡したらいいか悩む。
「自主ようちえんひろば」・自然の中で子どもを育てようという趣旨、全盛期は30家族ほどいたが今は6家族。雑居まつりに参加して、2歳の子どもがうるさくして謝ったら「あやまったら子どもに失礼よ」と言ってくれた。ここは自分にとって大切な場。今、他の場所で障がい者に出会うことが少なくなっている。障がい者やいろんな人とふれあう場として続けてほしい。自分にできることをやりたい。
「世田谷区聴覚障害者協会」・自分は聞こえない人。聞こえる人が全部正しいという社会で育ってきた。聞こえない他の人と会う機会もなかった。大学で、見えない学生、聞こえない学生に手話や言葉で教えてくれるドイツ語の先生に出会った。そこではじめて「いろいろな人がいて、つながることができる」ことを知った。雑居まつりもそんな場所だと思う。
「路上演劇祭JAPAN」・20年前から久しぶりに雑居まつりに参加したら、熱が冷めていると感じる。階段を上がれない人のためにエレベーターをつけたからもういいじゃないかと、社会の問題を一人ひとりが考えなくなっているんじゃないか。合理性が重視されて、時間を割いてみんなでひとつの作業をすることが悪と認識されるようになった。面倒なことから生まれる幸せもある。それが雑居にはあるんじゃないか。
「普通学級で障害児を受け持つ担任と親の交流会」・活動を40年やってきた。担い手は減っているが、途切れることはない。最近ようやく「インクルーシブ教育」という言葉が聞かれるようになった。
雑居まつりには18回から参加している。「いろんな人がいっしょにいる」ことが雑居で、学校もそうあるべきだと訴えてきた。
昔の映像(養護学校はあかんねん)を若いお母さんが見て、障がい者と共にいる人を「あの人はヘルパーさんですか?」と聞いてきた。その頃はヘルパーという職業は確立していなかった、みんなボランティアだ。雇用の関係なく助ける、そう考えたことがないのかもしれない。
事務局の大変さは分かっていて…。コロナ禍でずいぶん変わってしまったかな。ここで出会えることは大事。できることは担っていきたい。
「路上演劇祭JAPAN」・自分たちは市民運動をしているわけじゃない。自分たちのような団体が雑居まつりに参加していいのだろうか。自分たちも後継者不足。何度かつぶれかけたが、そのたびに「やっぱりやりたい」という人が出てきて、続けている。
「手話サークル輪の会」・自分たちも人手不足。昼にサークルをやっているが実務を担う人がおらず、特定の人が兼任、兼任している。昨年羽音ロックの若い人たちが「やりたい」と声を上げてくれた時は目からうろこだった。彼らにつなげていくためにも、もう少し私たち大人ががんばろう。
「市民連合めぐろ・せたがや紙芝居チーム」・今年が3回目の参加。素晴らしい出会いだった!なかなか広がらないけど、雑居まつりの質は変わっていっているのでは。いい線いってると思う。
雑居まつりを続けるには
・もっと知られるようにしたらどうか?当日の前夜にイベントなどして告知するとか。
・外へのPRに力を入れるより、内をどう盛り上げるかが課題ではないか。当日は団体みんなが忙しく、それぞれが知り合う機会がない。団体同士で対面で話す場、交流会など開いてみては?
・町会のまつりでは大学生がスタッフをやっていた。すごく華やか。梅が丘に住んでいながら、雑居まつりの存在を知らなかった。世田谷にある大学の学生たちなどまきこんだらどうか。
今日の手話
今年の実行委員長を務める世田谷区聴覚障害者協会 本多さんより、手話をひとつ教わります。今回は「おつかれさまでした」